交野人インタビュー#1 助産師・岸本玲子

交野のひとを知ると、交野のかたちがみえてくる。交野の今がわかると、交野の未来がみえてくる。交野に住む人へのインタビューシリーズ。第1回は助産師、岸本玲子先生にお願いしました。

岸本助産院 岸本玲子
平成7年〜国立京都病院(現・京都医療センター)で勤務。その後、個人病院・助産院での勤務
平成20年に大阪府交野市でお産のできる助産院を開業。
【妊婦よ野性へもどれ】を合言葉に、本能や五感を使った出産・育児を応援している。 昨年、築120年を越える古民家を改装し地域の人たちや子育て世代の集う場「きさいち邸 産巣日〜むすび」をオープン。

インタビューをした星田の住宅街にある岸本助産院は、木をふんだんに使って、リラックスできる雰囲気。インタビューでは、岸本先生の痛くない・安心できるお産を地域でしたい思い、お産と子育てで悩まなくていいところで悩む人を助けたい思い、そして古民家を赤ちゃんを持った人が集える場にリノベーションした「産巣日」への思いを語ってもらいました。こんな素敵な人たちが暮らすのが、交野っていうまち。少し長いですが、どうぞ読んでください。

交野は遊ぶところが多い!?

黒瀬 今日はよろしくお願いします。早速ですが、岸本先生が交野に来るまでをおしえてください

岸本 産まれは京都の宇治、そこから城陽、枚方に引っ越して、京都の左京区に引っ越して、また城陽にもどるっていうちょっと変則的な生活でした。城陽での生活が一番長く中1から結婚するまでいました。交野とおなじ田舎なかんじです。京都市内には30分でいける、昔から田んぼとか畑があって。そこから結婚してアメリカに、そのあと寝屋川に住んでたんでんですけど、夫婦で三人の子供を連れて休みのたびに交野にきてて、川でさわガニとったり、いきいきドームのプールにいったり、星のブランコにいったり、週末ごとにこっちにくるので、家を買おうってなった時に交野を選びました。

黒瀬 面白いですね、交野はよく「遊ぶところがない」って言われるんですが

岸本 そう!そうですよね。子供連れで遊びにいくのにイオンとかアルプラザより自然を求めていたのかもしれないです。

黒瀬 アメリカ(ボストン)にも住まれてたんですね。なんでアメリカに?

岸本 今の夫が学生の時に「卒業したらアメリカにいく」と言うので、私も行きたいと言ったらじゃあ結婚しようか?ということになりました。

助産師修業時代の岸本先生(左)

アメリカの出産は日本と全然違かった

黒瀬 アメリカで産むシステムと日本で産むシステムは違うんですか?

岸本  ちがうんです。その違いを知りたくてボストンで産んだみたいな。

まず、尿検査で妊娠判定が出たら日本ならすぐに産婦人科いくんですけど、そのまま産婦人科にいけないんですよ。まずはホームドクターと電話でやりとりして、異常がなければ、20週くらいに産婦人科の予約してもらって終わりでした。日本でもらったはりどめなどの薬を飲んでたんですけど、アメリカでは「内服の薬は使っていない」って言われてたり、あと日本の妊婦さんは「体重は増えない方がいい」「脂っこいものはたべないほうがいい」「歩いたほうがいい」「安静にしろ」とか「すべき事・やったらダメなこと」とかがたくさんあるのですが、こちらでは何か注意することはありますか?と聞いたら、すごい笑われて、「妊娠してんのにあれがあかんこれがあかんって眉間にしわよせてるあんたのほうが心配や(という感じのこと)」といわれて「もっとハッピーになりなさい。妊娠したことを喜び感謝してすごしなさい」という指導なんです。

ボストンにて第一子出産

私のイメージではアメリカはもっと西洋医学、検査、データ、機械まかせみたいなイメージだったけど、初診では触診とか問診とか1時間くらいかけて、脈診て、あっかんべーしてまぶたの裏の色をみたり。東洋医学みたいなかんじでびっくり。日本よりは待ち時間も少なくゆっくりみてもらえる感覚でした。

みんなが保険に入れるわけじゃないので、保険のあるなし・階級によって病院や医療や看護に差があるのかもしてませんが、州立の病院で巨大病院でしたが、患者さんでごった返しているわけではなく気分的にはのんびりしてました。20週から初診が始まるのと、毎回エコーをせず話をすることが多かったからでしょうか?

アメリカの出産で味わったしんどさ、出会いが今につながった

岸本 (アメリカでの)出産はほぼほぼ無痛分娩が主流、さがせばバースセンター(助産院)で産むこともできたんですが、車もなく、徒歩で州立病院に行けたので、そこで産むことに。日本人の助産師なんで、無痛分娩より陣痛をあじわいたい。みんなには頑張りなさいっていって来たのに無痛分娩を選ぶのはダメかなと思い断っていた。でも結局、痛いーって叫んだら、先生がいっぱいきて「こんな叫ぶひとはみたことないし、痛みを味わいたいとか意味がわからない」と言われ、途中から無痛分娩にきりかえてもらった。でも私は、みんなには頑張れって言ってるのに、頑張れなかったって思って、ちょっと落ち込んで、それがきっかけで育児がしんどくなりました。あかちゃんが泣いてるのは私のがんばりが足りなかったからかなとか、こんなにぐずるのは薬の作用かなとか、全部分娩時のトラブルにひっかけて、しんどかったんです。

しばらくして日本人のかたに教えてもらって、日本人だけの子育て・女性のサークルに呼んでもらいました。それを作られたのは小児歯科医のかただったんですけど、あまりに日本人で子供を連れたお母さんたち(特に駐在などで自分の意思じゃなく来た人たち)が辛そうだからと、育児サークルをつくられたのがきっかけだと聞いたと思います。私的にはそこから元気になって、今につながってるかなって。

助産師さんってなに?

黒瀬 いまさらなんですが、助産師ってどういう仕事ですか

岸本 昔でいう産婆さん。お母さんが赤ちゃんを産む手助けをする仕事なんですけど、今は98~99パーセントが病院でお産をする時代なので、それだけではなく、妊娠から出産、新生児のケアまでの正常な範囲のケアをみたり、地域で思春期や更年期など女性の一生に携わる仕事をしています。病院で働いていたらみるのは一週間、一ヵ月健診で会えるか会えないかなんですが、助産院を開業していたら「小学校入ったよ」ってランドセル姿を見せに来てくれたり、夫婦喧嘩した、歯が抜けたと、来てくれたりとか。反抗期の相談・親の介護の相談、いわゆるよろず相談室です。

黒瀬 助産師さんの一日ってどんな感じなんですか

岸本 入院してる人がいたら、あさ7時にご飯をだすので、それまでに入院の方と家族の朝ごはんの準備、9時から外来、お母さんやあかちゃんの授乳をお手伝いしたりお風呂にいれたり。昼は、入院のひとがいたら、管理栄養士さんたちがきてくれてお昼ご飯を作ってもらって、昼からは休憩したり、外来や赤ちゃん訪問に出かけたり。そして夕飯を7時に出して、夜中もあかちゃんみたり、おっぱいの相談うけたり、その間にお産があれば、隣のへやでお産のお手伝いをしたり。

新しいいのちがうまれる分娩室。奥に見えるのはエコー。

黒瀬 岸本先生にプライベートな時間ってとれるんですか?例えば旅行なんか行きたいってなっても、今の話聞いてたら難しそうですが。

岸本 昔の産婆さんは、子供が生まれて一回だけ海水浴にいった。それ以外は出かけたことがないといわれる先生もいましたが、今は携帯もあるし、近くに信頼できる助産院もいくつかあるので、旅行行くときは、ほかの助産院の先生に留守をお願いしたり。あとはスタッフさんに頼んで出張や旅行にいくこともあります。

黒瀬 99%の人が病院で産むということですが、あえて助産院で産みたいっていう人はどのようにしてくるんですか?

岸本 口コミが多いんですけど、前回のお産では健診でも先生や助産師と話す時間が少なくて、ずっと不安が消えないままお産になって、お産になったと思ったら違う先生がこられて。みんな初めましての人の中産むのはすごい緊張するもんです。私もアメリカでみんな知らん人で緊張して。痛みって緊張すると増加するんです。それで辛い思いをしたので、今度はゆっくり妊娠中から関わってほしいという方。ナースコール押してもみんな忙しくしてるので、「はい大丈夫ですよー。もっと痛くなったらまたナースコールおしてください」とすぐに部屋を出ていかれる。陣痛中一人で乗り越えるのがつらくていやだった、みたいな話を友達にしたら「じゃぁ助産院で産んだらいいよ」と教えてもらったという人たちが来てくれます。

黒瀬 なるほど、じゃぁ初産よりも、ふたりめの方のほうが・・・

岸本 多いですね。でももちろん、マンパワーだけの話だったりするので、病院で時間は短かったけど、ちゃんと話きいてもらえました。という人もいるので。そういう人は、ここには来られないか、一人目の時も楽しかったんです。でもその病院より近いから、次は助産院で来られるひともいる。

地域で痛くないお産、安心感があるお産ができたらいい

黒瀬 岸本先生のアメリカの話が面白かったんですけど、それが今に生かされてる?

岸本 なので私は、緊張からやとおもうんですけど、今思えば10くらいの陣痛の痛みを1000くらいに感じて、パニクってしまって、無痛分娩になって、その結果味わわなくていい敗北感みたいのを味わって辛かったんだと思う。いま話聞いていても「帝王切開選んだけどもっとがんばればよかったのかな」とか「私はなにがだめだったんだろう」とか、けっこうぐるぐるまわって、自然分娩したかったけど、母乳育児したかったけど、ミルクになっちゃったとか。そういう自分の理想と比べて、悩まなくていいところで悩んでるひとがいるので、同じお産をするなら、リラックスして産んだら痛くないよっていうのを伝えたくて。自分も二人目を助産院で産んで、ほんとに見慣れた人がお産の時にそばについてくれたりとか。産後も心配なことがあったらすぐ電話して解決できるというのは安心できた。アメリカと日本で味わった陣痛の感覚が全然ちがったので、自分が仕事をするなら、地域で、痛くないお産を、安心感があるお産を提供できたらいいなと。

助産師をしていて嬉しかったこと

黒瀬 助産師をしていてうれしいこと。これまで一番嬉しかったことを教えてください。

岸本 助産師をしていて嬉しかったことは、やはり出産の場面です。

それまで関わり、この方のお産はこんなふうに進むんじゃないかな?陣痛はいつ来てくれるかな?

そんなことを楽しみにドキドキしながら待って、そしていざ本番に連絡をもらって待つ瞬間。
陣痛を乗り越える産婦さんのそばにいる時間。
赤ちゃんが生まれる瞬間。
その後のふわっと温かい家族の時間。

全てがうれしく幸せな時間です。

今までで一番というのは、日々記録を更新していってる感じです。

子供たちの成長も小さな頃より今の方が嬉しくて
夫と夫婦の時間を重ねることも

もちろんお産も
毎回毎回新しい発見があり、自分史上最高の嬉しさを上回り続けています

岸本助産院にはお産の写真が飾られている

赤ちゃんを持ったひと同士が話をして、元気になってくれる場を作りたい

黒瀬 岸本先生は社会活動、セミナーの企画とかされてますけど、そういった活動への思いは

岸本  もともと社会活動しようと思ったわけでもなんでもないんですけど、自分が誰も知らないところで子育てをしていてしんどかったので、たわいもないことなんですけど、赤ちゃんを持った人同士や大人同士で話をすることで、すごい楽になったので、そういうのが必要だなっておもってて。向こうで育児サークルをされてた歯科の先生も、そうやって集まるだけじゃなくて、○○ちゃんのお母さんだけじゃなくて、その個人が(助産師だったり教師だったり宗教家だったりが、いろんな面白いひとがいるんだけど)産後だからとかで、自分自身をいかせず、家にこもらないといけない。

それがきっとしんどいんやとその先生は思われて、鍼灸師さんがワークショップをしてくれたり、英語が堪能ならみんなに簡単な講座してよとか、いろいろな宗教を持つ人が暮らす国だからそのちがいを教えてもらったりとか。で、ただ単に遊んで終わりでは得られない自己実現とか、承認欲求とか、自分は当たり前と思っていることや、簡単にできることでが「知らなかった!教えてくれてありがとう」って感謝してもらえる。家族だけじゃなくて、他の人に貢献することでお母さんたちが元気になっていくんだ。日本に帰ってもそういう場があればいいなと。そして、例えば、自分が今日3人外来に来られて、おっぱいの相談をして、人生で何人に会えるかって考えると大して多くない。

でも、むすびという場があって、その場にいる人と接することでしんどかった人が元気になって、元気になった人がまた隣の人や、次の世代のしんどい人を元気にさせたり、それぞれの人が伝達していったら…これなんて言うんでしたっけネズミ講? たとえばここで講座してくれる人も、みんな赤ちゃん連れて話してくれるわけです。それを聞いた人が「私にも何かできるかな」と、次の月にはその人が講師になってたりする。

こんなんやりたい、夢が詰まった「産巣日(むすび)」

黒瀬 ところで産巣日(むすび)って岸本先生がやられてるんですね!

岸本 うちは、1階の一部が助産院、2階が住居なんです。でも集まれる場所をつくりたいということで、毎回リビングを掃除して集まれる場所をつくっていたんです。週一とかで。人数も8人ぐらいしか入れないですけど。うちの子どもも、保育園や小学生のときは「わーあかちゃんいっぱいきてるー」って言ってたんですけど、中高生になると「また人来てんの?」と言うようになったり、どっちにも気をつかう。しかたなくみんなが集まれる場所がほしいってなって、マンションの一室よりも、庭があって広い和室があって、出来たら河内磐船~河内森駅から歩ける場所を探しています!とあちこちで言いふらしていたら、声かけてくださって。

黒瀬 産巣日っていう名前に込めた思いは?

岸本 私じゃなくて、管理人の松浦さんご夫婦がきめてくれたんですけど(笑)子育てする世代があつまるだけならどこでもあるじゃないですか。子育て広場・サークル・公民館。いろいろあるとおもうけど、産まれるところに主眼をおいて、みんなが元気で産める。産みたいって思えるような巣がそこにあって、そこにおひさまがさんさんとさしてたらいいなって。ムスヒっていうのは古事記にもでてくるのですが「むすひ」と名につく神様もたくさんいて、生み出す力とか、いろいろなものを結ぶとか、漢字もこれらの想いにかけて、松浦さんがこれやと出してくれました。

この場所を最初に見たときには「大きすぎ、一人で管理できない!」と思って声かけたら「こんなところに住んでいろいろなワークショップを企画~実践したかった!」っていう人や「ここでお店したい」って言ってくれるひとがいて。それが、管理人の松浦さんと、てぬぐいカフェのままめぞんさんと、グリーンストーンさんでした。

黒瀬 産巣日さんの古民家の使い方ってすごい好きなんですよね。古民家って申し訳ないけど、手入れがたいへんそうだし、僕は自分では持ち切らんのです。じゃぁ、理想的な使い方って、シェアして、みんなが使えるかたちじゃないかなって。

岸本 庭も、自分たちだけで手入れしようとしたら大変なんですよ。普通の家って外部の人をいれたくないじゃないですか。でも、それも開放しようと。「だれか手入れしてーっ。ここに畑作りたいー」って叫んでると、草引きに来てくれたり、耕耘機持って来てくれたり、そのうち「にわ部」っていうのができて、子育て終了したちょっと年配の方々が、畑を手入れしに来てくださって「きゅうりができたよ~。イチゴができたよ~!」っていってくれて。私たちが出しっぱなしの農道具いれとかも作ってくださって。で、庭でちょっとお茶飲んで休憩されている隣でこどもが「わーっ」て遊んでます。

黒瀬 僕ね、まち全体がそうなればいいなって。ガーデンシティって、勝手に名付けたんですけど。公園とかみてて、残念なのはなんか「なんもすんな」って感じじゃないですか。ボールも投げちゃダメだったりとか。公園って、いろいろしてもいいんじゃないのかなって。交野のいいところって、自然が豊かじゃないですか。そういうことをしたい人って多いはずなんですよね。

岸本 それを、ひきこんだら、市自体のコンセプトが、どっちいくのかわからないから。え、自然の恩恵うけれる?みたいな。だから、自然のまちっていってはりますけど、なんか、むすびとかみたいな、モデルにしてもらったら。そとからみてて、おじいちゃんがすわって、こどもがはしりまわって、みてはるんですけど畑仕事して、汗かいて、お茶飲みながらすごいいい顔されて、子どもがザリガニとか捕まえたらオスやメスどっちか知ってるか?ここ持つんやでとか教えてくれて。知らないまに子供たちが博士みたいになってて「どっからきいたんかな」ってきいたら庭のおじちゃんにきいたとか。いいですよね。


時間の都合でインタビューはここまででした。緊張した初めてのアメリカでのお産の体験から、緊張しない、痛くない、楽しいお産をする助産師になりたいという思い。お母さんたちが気軽に集って、経験や知識をシェアできる場も作った。この思いと実現してしまう行動力がすごいし、素敵だと思う。

岸本先生の話には、まちづくりのヒントとか、交野の強みとか、いろんなエッセンスが詰まっていた。安心できる、痛くないお産でしたら、ぜひ岸本助産院へお越しください!

岸本助産院

分娩室にて産巣日のパンフレットとともに

注意 この記事は、岸本先生が特定の政党や政治家への支持を表明するものではありません。

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